No.434 尊厳死と社会保険料給付抑制/「血を流す覚悟」
コラム目次へ 「尊厳死の法制化も含めて、医療給付を抑えて、若い人の社会保険料給付を抑えることが、じつは消費を活性化し、次の好循環と賃金上昇をうながすと思っている」と発言した政治家は、2022年ユーチューブ(「じじぃ公論」)で「安全保障の議論というのは、いついかなる時に日本国民は血を流す覚悟ができるか、どういうときなら戦争していいんだということを国民と共有するプロセスだと思う」と発言しています。
こんなこと、今回の選挙で言っていましたっけ。私は戦争に参加するつもりはありませんし(高齢だから当然ですが)、反戦活動や反占領活動をして死んでも仕方ないとも思います。一方、死ぬのが怖くて、うろたえながら身を潜めてしまうかもしれません。
でも、若い人たちはこれで大丈夫なのでしょうか。「自衛隊員が血を流せば良い」と思っているかもしれませんが、同年配の若い人が死ぬことを他人事として考えていて良いのでしょうか。自衛隊の戦力が足らなくなれば(今でも足らない)、自分たちが駆り出されるかもしれないと考えることはないのでしょうか。
この代表は、確かに「国民が血を流すような事態を避けるためにいかなる防衛力や自衛権が必要なのか、まさに国民的議論と合意が必要なのです」とも言っているのですが(この「血」はなんらかの「犠牲」ではなく文字通りの「血」のようです)、「血を流す覚悟」という言葉と防衛力の増強とがセットです(防衛力を増強すれば、血を流す事態は避けられるのだろうか)。そのためにかかる費用を捻出するためにも「社会保険料の給付の抑制を」ということになっているのかもしれません。
「血を流す覚悟」という言葉と、「尊厳死の法制化も含めて、医療給付を抑えて、若い人の社会保険料給付を抑える」という発言に共通するのは「国のために死ぬ覚悟をしてね」ということだと感じました。政治家は、自分は血を流さずに号令をかけるだけです。憲法を変えて「緊急事態条項」を入れることでも、原子力発電所の新設でも「血を流す」ことが求められているのでしょう。
高齢者や障害者/治る見込みのない病人/進行する病気の人・・・に対して「尊厳死を受け入れる」ことが求められることと、若い人たち(あるいは全国民)に対して「戦争で血を流す」ことを求められることは表裏一体のことのようです。
賃金上昇や減税は大事です 1)。でもその衣の下に「死ぬ覚悟を求める」という鎧が隠れている(金に釣られて付いていくと、命を差しだすことが求められかねない)のではないでしょうか。これは、どの政党の政策でもあり得ることですし、これまでの政治だって同じようなものでした。
「(今必要なのは)戦う覚悟だ」「いざとなったら、台湾海峡の安定のために防衛力を使うという明確な意思を相手に伝えることが抑止力になる」と言った政治家もいました。これはもう歯止めのない海外派兵ですが、「どういうときなら戦争していいんだということ」を検討することがこの流れを食い止めるでしょうか。
“Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.(国が諸君に何をしてくれるかを問うな。 諸君が国に対して何をできるかを問え)”というケネディの言葉はしばしば引用されます。
でも、「国のために貢献する」ことは、国の政策に従うことだけではありませんし、命を差しだすことでもありません。国の政策/方向性に反対することが「国のために貢献する」場合も少なくないはずです。
このような言葉には、自助できない人、共助が得られない人に向かって、「我慢」「諦め」を強いる力があります(その力を示したいときに限って引用されます)。
医療者も「我慢」「諦め」を強いることに加担していると思います。ACPだけではありません。インフォームド・コンセントと言えども、医療者の提案に「同意」する(引っ張りこむ)ことを目的としている限り同じです。
患者に親身に関わり、患者との間に信頼関係が生まれた医師や看護師が、それゆえにこそ患者の選択肢を狭め、自分たちの土俵に乗せてしまう(患者の“意志で”治療の中止や手控えを選ばせる)可能性は小さくありません。
安楽死/尊厳死の導入を政策に掲げる政治家が作る未来は、この国の終焉を少し先送りすることができるかもしれませんが、一人ひとりの人間を大切にする温かなものにはならないと思います。(2025.02)
1) 年収の壁を上げると、学生はもっとアルバイトがしやすくなると言われています。でも、学生の中には学費/生活費のためにアルバイトを頑張っている人も少なくありません。それならば、問題は学費の方なのではないでしょうか。「もっとアルバイトを」ではなくて、「学費のために必死にアルバイトをしなくてもよいような学業支援」を目指すのが政治だと思います。もっとアルバイトができるようにして働き手を増やそうという思惑があるのかもしれませんが。
日下 隼人