No.402 医療者の甘え
コラム目次へ 3歳児健診で、悩みごとの欄に「兄弟げんかに困っている」と書いている親がいました。小児科医でした。日々の診療でそのようなことを患者さんから訴えられれば、いろいろアドバイスしてきているでしょう。それでも、自分の子となれば悩むのが人の常です。それなのに「小児科医なのに、そんなことも分からないの」などという人が出てきたりするのがこの世界です。誰でも、自分のことは(自分がその領域の専門家であってさえも)、分からないし、うまく立ち回れないのです。医者「なのに」、自分の病気のことについて「分かっていない」と言われる場面を見たこともありますが、人には「分かりたくないことは、分からない」のです。カウンセラーが、自分の離婚問題になったら取り乱して大混乱したのを見たこともあります(あたりまえのことです)。
件の小児科医は、これからは同じような悩みをもった親に「私も大変だった」と言うでしょうし、そのことでホッとする親も少なくないでしょう。こうした経験がその人の「厚み」を増していきます。とはいえ、自分の経験からのアドバイスがいつも有効というわけではありません。自分の経験を「望ましいもの」として強調することが、「価値の押し付け」になってしまい、かえって反発されてしまった事例を何度も見てきました。
私がまだ現役だった頃のこと、医療関係者の子どもが入院したときに、しばしば「医療関係者なのに、こんなことがわからないの」「医療関係者なのに(だから?)、態度が悪い」「医療関係者なのだから、これくらい我慢して」「医療関係者なのだから、こちらにもう少し配慮してくれてもいいのに」といった言葉が、スタッフ間で語られるのを何度も耳にしました(さすがに、当人に直接言うことはありませんでしたが)。
でもこれは「甘え」です。患者(小児科ですから家族ですが)は患者なのです。具合が悪くて困っている人を、医療者の都合に合わせて、時には「医療者の仲間」の位置に引きこみ、時には「患者なんだから」と受け身の位置にとどめ置いてしまうのは、患者さんに甘えているのです。「けじめ」がつけられていないのです。医療者中心の医療です。具合が悪くて困っている人を、勝手に医療者側に引きこまないでほしい。
この「甘え」は、ふつうの患者さんに対する態度にも蔓延していきます。「これくらいは分かって当たり前でしょ」「もう少しこちらに気を遣ってくれればいいのに」「これくらい我慢して」「態度が悪い」とエスカレートします。
「あの患者は甘えている」「わがままだ」と患者さんを「評価」(それは決して「客観的な」評価ではない)する医療者は、自分が甘えていることには気づいていない(目をつぶっている)のです。気づいていれば、そのようには言いません。気づいていない人が患者さんと心を通わせることは容易ではありません。(2023.02)
日下 隼人