メインビジュアル

No.267 「どうして入院されたのですか」

コラム目次へ

 糖尿病の服薬指導の面接演習で「どうして入院されたのですか」と質問した薬学生がいたという話を聞きました。演習のポイントになっていなかったためか指導教員から軽く流されてしまったらしいのですが、それはもったいない。このような質問のできる学生がいることに感心し、どうしてそのような質問をしたのか尋ねてみたいという気持ちが湧いてきました。
 もし、この学生の知り合いや身内に糖尿病の人がいれば、このような質問をせずにはいられないはずです。「体調の不調を感じて受診したところ、血糖値がとても高いために緊急入院して、退院間近な人」なのか、「教育入院の人」なのか、「外来で治療をしていてもなかなか良くならないので入院した人」なのか、「医者の『言う通りしない』ために、だんだん進行している人 1)」なのか、「病気のことがよく理解できない人」なのか、その患者さんがどういう経過で今ここにいるのかによって、話す内容も順番も変わってくるはずです。身近でそのような人を見ていたら、まずこのような質問から始めるでしょう。糖尿病患者の「指導」にあたる認定看護師はきっと、そのような情報を得ることを最初の仕事にしているでしょう。それは「患者情報を収集する」というより、今の患者さんの状況にまず共感的に近づこうという姿勢です。
 私は学生や研修医に「質問する時には、なぜその質問をしているのかの理由も患者さんに言わないと、患者さんは戸惑ってしまう」というようなことを話していますが、このような場合「あなたの返事しだいで話し方が変わるので」とは言えませんから、「つらい」ところです。
 演習の場にもキラリと光る原石はいっぱいあります。No.260でも書いたことですが、学生が「すでにできている」ことを見逃さないことが教育者の最も大切な仕事ではないでしょうか。せっかくの質問がスルーされたことで、学生が服薬指導演習にがっかりしたりしていなければよいのですが。(2017.02)

1) 糖尿病の自己管理は、なかなか難しいことも少なくないようです。自己管理できないまま腎症になり透析を受けることになってしまった人に投げかけられた「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」という言葉についてはNo.264でも書きました。「どうして入院なさったのですか」という問いには、このような「暴言」へのアンチテーゼが孕まれていると思います。あの「暴言」や「高齢者への無意味な医療」というような言葉は、自らの未来に対する「呪い」です。再掲になりますが「今、あなたが価値がないと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ。自分がバカにしていたものに自分がなる。それって、つらいんじゃないかな? 私達の周りにはね、たくさんの呪いがあるの。自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい」(テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」最終回 百合の言葉)。「呪い」とは、ドクサ(臆見)と言い換えられそうです。医療をめぐる「呪い」から逃げようとすることで、患者さんも医者も医療との関わり方がずいぶん違ってくるような気がします。

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

● コラムNo.230 までは、東京SP研究会ウェブサイトにアクセスします。