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No.337 お薬をのむよりも

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 太平洋戦争中にはパーマネントをかけることは好ましくないとされました。「華美な装いを控えるように」「電気の使用を控えるように」ということだったのが、結局は「禁止」という雰囲気になってしまい、パーマをあてている人には「非国民」という言葉が投げかけられもしました 1)。それでも、少なくない女性は、持参した木炭を使用して、パーマをかけていたそうです。パーマをあてる美容師の母親を見ていた女性は、その後自身も美容師になり、現在も84歳で現役です。その言葉から。(2019.8.10NHKスペシャル「あちこちのすずさん」)

「パーマをかけている間、お客さんはいろいろな話をしていました。『息子が戦死したの。気持ちを張っていなければ家事もできないわ』」
「女の人はいつだっておしゃれをしたいんですから。女性は美しくなると、本当に喜びを満面に(表して)。・・・美しさを求める心は、生きる力を生む。苦しみがあるからこそ(美容院に)いらっしゃる。お薬をのむよりも美しくなったほうがスーッとね、心が落ち着く」。

 「身なりをさっぱりする」と言い換えれば、男性も同じだと思います。薬のことしか考えない医者は、美容師よりも患者さんを見ていません。病院と美容院とが協力できることは、医療用ウィッグだけではありません。この番組を見ていて、在院日数の短くなった病院に理美容室は不要だと言った医者のことを寂しく思い出しました(No.271で書きました)。
 とはいえ、市中病院(規模の大きい急性期病院)ばかりか大学病院でも平均在院日数が10日前後になりつつありますし、どの病院もそのことを誇らしく喧伝しています。平均ですから長めの入院の人もそれなりにいるのでしょうが、こうした病院では入院したときから退院や転院の準備が進められ、その心づもりが患者さんに求められます。短い期間に患者さんと心を通わせる付き合いを作ることは簡単ではありませんし、そのような付き合いは転院の妨げになるかもしれません。それに医師は検査や処置・新しい診療(ゲノム医療・AI・ロボット手術等々)に追われていますし、勉強が好きな人はなおさら研究室に居る(閉じこもる)時間が長くなるでしょう。看護師は急性期病院の多忙さに追われ、医療安全・情報化のシステムに遺漏なく対応することが優先課題です。患者さんに丁寧なケアをしたい人は、もう少し落ち着いたケアのできる病院に移ることも少なくないでしょう。こうして、急性期病院ではケアが空洞化していきつつありますが、「病院統廃合・病床13万床削減」という圧力によって急性期病院でない病院のケアも空洞化していくのかもしれません。それでも、「善意の」看護師や医師は空洞化に抗していこうとするでしょうが、献身的精神からの仕事は遅かれ早かれ疲弊・諦念による退場につながります。医療者により良いコミュニケーションを求めること自体が、「善意の」医療者の疲弊を早めてしまう可能性があるということに目配りしなければならない時代がきているのかもしれません。(2019.11)

1) こうした「雰囲気」は、どうしてもほどほどのところで止まるよりは極論に行きがちですし、その声のほうが大きくなりがちです。そうなってしまってから流れをとどめることは難しいので、人権が侵されることや戦争につながりそうなことに対しては、些細なことでも一つ一つ「抵抗」しておきたいと思っています。

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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