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No.306 敬語が壁を作る?

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 今年も武蔵野赤十字病院の研修医オリエンテーションのお手伝いをしました。
 医療面接演習では、誰もが丁寧な言葉で話していたのですが、中でもとてもきれいな敬語で話す研修医が印象に残りました。言葉づかいは丁寧でも「うん、うん」「・・・ですかね」と相槌をうったり、「はあ」「ほお」といった返事をしてしまいがちなものですが、この研修医はそのようなこともありませんでした。
 医療面接演習に続いて「医療倫理」についてのグループディスカッションを行ったのですが、そこで「タメグチ」のことが話題に上りました。オリエンテーションに先立つ新入職員全員対象のコミュニケーション講義でも、私は「患者さんへのタメグチは好ましくない、『です、ます』で話すことを心がけるだけで良い関係が生まれる」とお話ししていたためかもしれません。
 ディスカッションでは、「患者さんとタメグチで話しているのに信頼関係ができている医師をBSLで見た」という研修医もいました。「自分の通っていた大学のある地域では、敬語で話しているとかえって壁ができてしまう」と言ったのは、とてもきれいな敬語で話していた研修医でした。「信頼関係ができている」「壁がある」ことに気づいていることはそれだけ患者さんとの関係を丁寧に考えてきていることの表れだと思いますし、そのような思いをディスカッションの場で率直に言えることにも、希望を感じました。
 その上で、前の意見には「良い関係ができている人は私たちの目に見えるけれども、タメグチのために信頼関係を作ることができなかった人、そのために去っていった人もいるかもしれない。そのような人のことは私たちの目に入らない。また、タメグチに不愉快になっていたとしても、患者さんが医療者に合わせてくれていたおかげで、うまくいっているように見えただけかもしれない」ということをお話し、後の意見には「敬語が壁を作ることは確かにあると思うけれども、敬語のためにできてしまう壁は敬語を使わないことでしか崩せないわけではないのではないだろうか。医療者の言葉以外の関わり・姿勢によってその壁を崩すこともできるのではないだろうか」というようなことをお話ししました。
 滝浦真人さんは「私たちのコミュニケーションでは、敬語体がベースであっても、要所要所で敬語を外したタメ語形を用いることで、相手を遠ざけすぎない工夫がしばしばなされている。・・・・敬語とタメ語を使い分けながら、人は相手との距離感を調整して、踏み込みすぎず、離れすぎない関係を言葉で保っている」と言っています(「新しい言語学」NHK出版2018)。多くの医療者もそうしているのでしょうから、ある断面だけを見て医療者を評価してしまうとかえって誤ってしまう可能性については忘れないようにしたいと思います。
 それでも、まずは敬語についての一定の知識を持ち(もうかなり身についています)、敬語で会話する姿勢を保つことが医療者には必要なのだと思います。きちんとした敬語をベースにして、細心の注意を払って意識して使われた時にしか「ため口」が患者さんとの関わりを深めてくれることはないでしょう。私は患者さんとは(子どもであっても)ほとんどタメグチでは話していません。もう70歳を超したのですから、若い人にタメグチで話しても「あたりまえ」と思ってもらえるでしょうが、だからこそ誰とも敬語で話しています。自分がタメグチで話しているのに相手が敬語で話してくれる状況は、私にはとても居心地が悪いのです。でも、研修医との雑談ではタメグチで話しているなあ。(2018.09)

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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