No.395 患者はみんな「脳コワさん」
コラム目次へ 42歳で脳梗塞になったルポライター鈴木大介さんは、「失語症じゃない、でも会話ができない」ご自分の回復過程を書いています(『「脳コワさん」支援ガイド』医学書院2020/「脳コワさん」=脳が壊れた人の意/第73回毎日出版文化賞受賞)。
少し長くなりますが、私なりに勝手にメモしてみました(文章は一部まとめてありますが、ゴチックは筆者の書いている通りです)。
〈相手の話が聞き取れないのはなぜか〉p.18~
1.思考速度の低下があり、相手が話した言葉の意味を考えているうちに話が進んでしまう。
2.ワーキングメモリが低いため、相手の話を聞いているうちに、聞いた内容を忘れてしまい、話がつながらなくなる。
3.注意障害(注意すべきことだけに選択的に注意を払うことができない)のため話の枝葉や理解できなかった言葉の意味に注意が集中し、その間に相手の話が進んでしまう。
4.周囲の騒音、光、臭い、あらゆる無視しても良い情報に注意が飛び、相手の話に集中できない。
5.気づくと相手が何を話したのか分からなくなりパニックになる。その後は、相手の話しているのが日本語なのは理解できても、意味が頭に入ってこなくなる。
〈自分の意思を伝えられないのはなぜか〉p.27~
1. 思考速度が遅く、相手の会話の隙に自分の言葉をさしはさむタイミングがつかめない。どんな言葉を話せばよいのか、とっさに言葉が思いうかばない。
2. 自分が話し始めても言葉がうまく出てこない隙に相手が再び話を始めてしまう。
3. ワーキングメモリが低いため,話そうと用意していた言葉を、声を出す前もしくは自分が話している途中で忘れてしまう、自分がすでに話した内容も忘れる。
4. 伝えたい内容よりも大きな感情が沸き上がり(脱抑制)、その感情や意図を伝えられている気がしない。だから、同じことを繰り返したり、早口のしどろもどろになる。
5. 言葉だけでは伝わった気がしないためか、手が勝手に動いて謎のジェスチャーを始めてしまう。
6. 話をさえぎられる不快感がとてつもなく大きく、その不快感に思考が支配されてパニックになり、いっそう言葉が出しづらくなる。
7. 言いたいことを忘れる前に話しきりたい、相手に遮られる前に話し終えたいと、つねに焦りがあり、早口で言葉が止まらなくなり、一方的に話してしまう。
8. 話し続けていると脳が疲労して、スイッチを切ったように突然考えがまとまらなくなり、言葉も出てこなくなる。
加えて感情の脱抑制により、些細なことで怒ってしまう。
〈言葉のキャッチボールができないのはなぜか〉p.35~
1. 思考スピードが遅くて、適切な相槌や返事が入れられない。
2. 言葉に抑揚がつけられず、言葉と感情に相応しい表情ができず、能面で棒読みのような話し方になり、感情がうまく伝えられない。
3. 相手の話題に適切な表情で反応できず、顔面も固まってしまい、相槌もないため、相手から見ると「人の話を聞いていない」ように見える。
4. 想定外の振りや質問にたいして、とっさに最適の言葉やリアクションが出てこなくて黙り込んでしまう。
5. つねに(自分の)返答がワンテンポ遅くて焦る。そして返答を待てない相手が話し始めてしまうと、対話にならない。
私の経験では「無理に作ったような表情(笑顔や納得した顔)」「無理している話し方(おちついた/納得した)」に出会うことも少なくないのですが、それも「脳コワさん」ゆえなのでしょう。
別のところで鈴木さんは、「情報処理速度の低下している患者にとって、健常者の当たり前のコミュニケーション速度が、情報のムチとなって、患者にとっては攻撃になる」「発生する感情のサイズは未経験でコントロール不能なものであり、マイナス感情はずっと最初に言われた時のままよみがえる」「心理的な破局状態=怒りの爆発は、『苦しすぎて耐えられないからもう許して下さい』『今必死に立て直しているので邪魔しないでください』という一種の援助希求の表現」「セーブ機能なしのワープロのようなもので、中断させられるとデータはすぐ消える。同時に二つのことはできないので、その都度パニックになり怒りだす。『ちょっと待って、終わるまで待ってて』と言いたい」といったことも書いています(「脳コワさんの生きる世界」p.124~)。
患者さん(家族・親しい人)は、だれもが多少なりとも「脳コワさん」なのです。神経疾患の専門家でも、そのことに気づきにくいと鈴木さんは書いています。医療者はみんな似たようなものですが、だからこそ、そのことに気づいてくれる医療者との出会いは「地獄で仏」です。(2022.08)
日下 隼人