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No.266 「イースト菌は消えてしまうんや」

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 OSCE(客観的臨床能力試験)や医療面接演習の場面では笑顔でとても爽やかにあいさつしていたのに、その学生が演習終了後、室外の廊下で模擬患者さんに会っても挨拶もしないことがあるとしばしば耳にしました。教育が身についていないと言われれば、その通りです。
 でも学生は、演習室・試験室の外で模擬患者さんに会っても、どのように挨拶してよいか少し戸惑っているのかもしれません。つい先ほど、ほんの短い時間会っただけの、もともと知り合いでもない人に挨拶をしてよいものか迷います。若い人ですから、ふだんからそんなに挨拶をし慣れているわけでもありません。わざとらしく挨拶すると、「良い点を付けてくださいね」とゴマをすっているような気もしてしまいます。試験や演習が続いているのであれば、「患者さん」になりきっている人に「素」の挨拶をしてはいけないような気もします。
 模擬患者のことを、受けたくもないOSCEの片棒を担ぐ=学生を「いじめる」人のように思ってしまう学生もいるかもしれません。教員と親しそうに話している模擬患者は教員側の人間に見えてしまいます。教員といえば何かにつけて「教えてやる」「言うことを聞け」という存在で(違う人もいますが)、自分たちの優劣を評価する人です。そのような教員という存在に親和性がない人は、模擬患者にも親和性を持つことはありません。模擬患者も評価表をつけているとなれば、ますます模擬患者は教員の「一味」です。「学生の勉強のお手伝いをしています」「貴方たちが良い医者になることのお役に立ちたいと思って活動しています」(そのように言わなくとも、感じは伝わります)という存在を、教員と同種の「うざい」人間と思う学生もいるかもしれません。
 このような感覚には、きっと私の個人的経験からの偏見があります。でも私は、短い時間でのささやかな見聞で人のことを「決めつける」ことは避けたい(実際に出来ているかは別だというところが情けないのですが)。どんなにも、その人なりの言い分があるはずですし、その人をとりまく状況があります。医者は、患者さんの話を少し聞いただけで、あるいは患者さんから一言二言を言われただけで、その人のことを即断してしまいがちなのだが、その轍は踏まないようにしたい。

 模擬患者は、医学教育のツールの一つにすぎません。そのツールをどのように教育に活かすかは教員の仕事です。教員が「演習室・試験場の外でも、模擬患者さんに礼儀正しく接しなさい」と指導すればその思いを受け止める学生・研修医は必ずいます。教員が「模擬患者とは教育上使用・利用するツールに過ぎず、教員の要請とおりに動いてくれさえすればよい」と思っていれば、その雰囲気が必ず学生・研修医に伝わります。どのように活かされるか、模擬患者は「まな板の上の鯉」のようなものです。
 その意味で、模擬患者さんと接する教員・指導者は、自らの姿勢を問われているのです。とはいえ、模擬患者(に限らず部外者)から「学生は・・・ができていない」と言われると、教員はどうしても自分の指導を非難されていると感じて、防衛的になったり反発したりしかねません(そう感じても、外向きには「ごもっとも」「貴重なご意見をいただきました」と言うでしょうが)。「外では挨拶もしない学生がいた」ではなく「外で挨拶してくれた学生さんがいたのが嬉しかった」と伝えれば、教員も「外でも挨拶しなさい」ではなく「外で挨拶した学生のことを模擬患者さんが喜んでいたよ。自分もそれを聞いて嬉しかった」などと言ってくれるかもしれません。Iメッセージは、意外に有効なのです。
 「模擬患者はツールだ」と思う教員と「自分たちはただのツールではないのに」と思う模擬患者との間には何も生まれないでしょう。「私たちはただのツールですから」と言う模擬患者と「ツールなどではありません。私たちの大切なパートナーです」と言う教員とが向かい合うとき、教育だけでなく医療が変わる芽が生まれます。

 自分のことをただのツールと考えることにはいささかの不快感が伴うものです。でも、連続テレビドラマ「てるてる家族」No.94で夫の春男が妻の照子に「照子は、春子(娘)を作る職人やあらへん。お前は春子のイースト菌になって、春子が確信を持って練習できるようにしたらなあかんのや。それで、春子は初めて自分を高めていける。春子は自分の目指す春子になれんねや。お前が代わりに目指す事はでけへんのや。イースト菌はな、パンがふっくらと焼き上がったら、跡形ものう消えてしまうんや。嫌でもしゃあないね。それが、親や」と諭します。教育に関わるということは、自分はイースト菌なのだと自覚するところから始まるのではないでしょうか。そして、それはきっとどのような人間関係でも。(2017.02)

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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