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No.366 人に優しい政治・優しい医療

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 新しいアメリカの政権中枢には、女性、黒人・アメリカ大陸原住民・移民・アジア人などの非白人が多数参加しています。
 もう20年近く前のことですが、麻生太郎が野中広務(自民党の幹事長などを務めた)について「(彼は)部落の人間だ。あんなのが総理になってどうするんだい」と満座の中で喋ったということが話題になりました。この話は事実ではないとも言われますが 1)、ことの真偽はともかく「あんなの」が政権中枢に入ってはいけないのでしょうか。それこそが今の政治に欠けているものではないでしょうか。これまで「あんなの」として排除されたきた人たち。女性、障害者、在日外国人、LGBT、被差別部落出身者、アイヌや沖縄の人々 、essential workerの代表、非正規労働者、シングルマザー(ファーザー)・・・、といった人たち 2) が(議員や大臣でなくとも)政権中枢に参加すれば、政治はずっと人に優しいものになるのではないでしょうか 3) 4)。優しい政治からの経済発展は、今語られている「経済も大事」とは違う質のものになると思います(「SDGs=Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」にもつながるかと思いますが、斎藤幸平さんはSDGsでは現在の危機的な環境破壊状況は解決しないと言っています。『人新生の「資本論」』集英社新書2020)。そのような視点にたてば、医療も現在のものとはまったく違って見えてくるでしょう。
 患者もまた「あんなの」として、医療でも医学教育でも、せいぜいその末席に置かれて一瞥されるだけだったり、目的語として「患者のために」「患者の意思を尊重して」と言われるだけでした(です)。「免罪符」です。最近、医療について「患者参画」5) が言われるようになりましたが、この言葉には「患者だ。あんなのが医療の主役になってどうするんだい」という思いが垣間見えます。きっと、そこで求められるのは「(身のほどを)わきまえた」態度と発言です。医療や医学教育に協力的であることが好まれ、「誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思」い「みんな(が)発言」するような人の参画が望まれているわけではなさそうです。
 日本の医療が変わるとしたら看護師が病院長になるときだと私は考えています。「看護師が抑圧されてきているから」ではありません(そのような事実も確かにありますが)。病院とは患者さんのケアをするところなのですから、病院のマネージメントは看護師のほうがよりふさわしいと思います。そのとき医療の中心は患者になり、医療は大きく変わり 6) 7)、医療は今よりは人に優しいものになるはずです。医療法では病院管理者は医師であるとされていますが、法律は改正すれば良いだけです。

 カマラ・ハリス副大統領の演説の一部です。
 「ジョン・ルイス下院議員は亡くなる前に、こう書きました。『民主主義は状態ではなく行動である』と。その意味するところは、アメリカの民主主義は決して保証されていないということです。私たちがそのために闘い、守る意志があってこそ強いものになります。当然のものとして受け止めてはなりません。 民主主義を守るためには、苦しい闘いがあります。犠牲を払います。喜びもあります。進歩もあります。なぜならば、私たちには、より良い未来をつくりだす力があるからです。
 今、母のことを考えています。何世代もの女性たちのことを、この国の歴史における多くの黒人の、アジア系の、白人、ラテン系、ネイティブアメリカンの女性たちのことを私は思うのです。彼女たちによって今夜のこの瞬間への道が切り開かれました。女性たちは闘い、多くのことを犠牲にしました。すべての人々に平等、自由、正義をもたらそうとしたためにです。黒人女性たちはあまりにも見過ごされてきました。しかし、民主主義の根底にある大切な存在だと証明してきたのです。
 私が最初の女性の副大統領になるかもしれませんが、最後ではありません。 すべての幼い女の子たち、今夜この場面を見て、わかったはずです。この国は可能性に満ちた国であると。私たちの国の子どもたちへ、私たちの国ははっきりとしたメッセージを送りました。ジェンダーは関係ありません。野心的な夢を抱き、信念を持って指導者となるのです。そして他の人とは違った見方で自分を見つめてください。他の人には、見つけられないかもしれないからです。私たちは皆さんの一歩一歩を温かく見守ります。
 今こそ、本当の仕事が始まる時です。困難な仕事です。必要な仕事です。いい仕事に取り組みます。人々の命を救い、この病気に打ちかつために欠かせない仕事です。働く人々が恩恵を受けられるように経済を立て直します。私たちの司法制度や社会にはびこる構造的な人種差別を根絶することにも取り組みます。気候変動と闘い、国を結束させ、アメリカの魂の傷をいやします。こうしたことに不可欠な仕事です。8)
 この国にも、このようなことを語りかけることのできる政治家・「医学教育専門家」は居ると思いたい 9)。「話し下手」か「話し上手」かというレベルではありません。未来への哲学・理想と人々への思いの問題です。そのことを伝えるのは、言葉の表情です。「誰かに本気で興味を持ったら、人は自動的にコミュニケーション能力がアップする。それがどんなにたどたどしい言葉でも、思いは確実に伝わる。」(雨宮処凛「仔猫の肉球」小学館2015)哲学や理想に対するシニカルな反応が起こりがちな現代ですが、それは未来への途を閉ざすことにしかならないと思います。(2021.03)

1) 「表に出てはいけない連中が表に出て大きな顔をしている」と言ったとも言われます。麻生事務所は「地元・福岡の炭坑に絡む被差別部落についての発言が誤解されて伝わったものだ」と言っていますが、それならば「部落差別発言」自体はあったということでしょう。「差別発言」を繰り返し、「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうか」という発言をした人間が中枢にいる政権や政党を私は信じない。

2) このようなステレオタイプな書き方は粗雑ですが、ここではこれ以上深入りしません。その粗雑さについて、例えば民族的な課題について、石原真衣「透明人間の民族誌」(臨床心理学 増刊第12号『治療は文化である』金剛出版2020所収)で教えられました。

3) こう言うと、すぐに「逆差別だ」と言い出す人がいます。そうした二項対立的な枠組みから考えることは、結局は差別を維持する働きしかしません。ダイバーシティなどという横文字に惑わされたくない。

4) 「反日」などという言葉で人を貶めることが黙認されている国が、「美しい国」であるわけがありません。すべての個人が人権を尊重され、その思いと生き方に沿って自由に活動できる社会が、一人ひとりの病者を尊重するためには欠かせません。「いま権力やお金を握っている人たちがマジョリティなわけではなく、この社会のありかたに色々な意味で違和感を持っている人たちの方が実はマジョリティなのです。」大沢真理(東大名誉教授)HARBOR BUSINESS online 21.1.12

5) 医療者のほうが患者さんの人生に参画させてもらっているのに、「患者参画」と言うのは傲慢だと思う。

6) 「ケアは人類的な活動であり、わたしたちがこの世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復するためになす、すべての活動を含んでいる。」「民主主義は、人びとがより人間らしく、よりケアに満ちた生活を送ろうとするのを支援するためのシステムなのだと再認識することが、私たちのふだんの民主的革命における次のステップです。」(ジョアン・C・トロント著 岡野八代訳『ケアするのは誰か? 新しい民主主義のかたちへ』白澤社2020)

7) ケアをするのは医師を含めて病院で働く人すべてなのですから、看護師に限定して良いのかということについてはもう少し考えてみたいと思っています。

8) 1月のトランプ支持者の国会議事堂乱入事件は、アメリカ民主主義の危うさを示しました。この事態は、日本国憲法をアメリカから押しつけられたという人々を元気づけるかもしれません。「ドイツを訪れ、人びとと接するたび、賢く、論理的、効率的、非常に大人という印象を受けた」(佐藤栄介 ICE(インターシティ・エクスプレス)30周年 鉄道ジャーナル55巻1号)と言われる、そのドイツ人がナチズムになだれ込んでいったという事実にこの世界の危うさがあります。思想的な立場の如何に関わらずポピュリズムは常に忍び寄ってきます。

9) 「すぐれた人物が政治の舞台に登場することが少ないのは、合衆国において多数派の専制が、いや増すからである」トクヴィル『アメリカのデモクラシー』


日下 隼人

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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