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No.276 患者さんと向き合う時間

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 「データの下処理をあるていどAIに任せられるようになれば、医師の負担が軽減されます。そうしてできた余裕を患者さんと向き合う時間に充てることができます。医師と患者さんとの関係はAIの導入でより密接になると期待しています。AIの位置づけとしては、医師の意思決定に助言を与えてくれるパートナーと捉えるのがいいでしょう。」診断におけるAIを推進している医師の言葉です。
 でも、患者さんと向き合いたいと思っている人は、AIなどと関係なくその時間を作ります。「時間が足らないから、早くAIで患者さんと会う時間が増えると良いのに」と言うような人はAIで空いた時間を自分のために回すでしょう。
 患者さんと向き合う時間の中には、診断に悩む時間も入るのです。診断で苦労して患者さんのもとに頻繁に顔を出す医師が、自分のことで悩んでいる姿を見ることで、患者さんの医師への信頼が生まれるという側面があります。「私もいろいろ考えたのだけれど、AIでの診断で良いと思う」と言う医師への信頼は、足しげく通ったときほどの深いものにはなりえません。その状況で、患者さんと「向き合って」も信頼が深まるわけではありません。AIの導入が避けがたいのだとしたら、診断で悩む過程で得られたはずの信頼を、どのようにして別のかたちで得ればよいのかということが私たち医療者に問われています。このまま前に進めばhappyというわけではありません。
 もしAIの診断が間違っていて、不適切な治療が行われた場合、責任を問われるのはその診断を受け容れた医師のはずです。でも、当の医師はシステムに責任を転嫁するというような事態が生まれるのかもしれません。AIは使用「人」ではあってもパートナーにはなりませんし、「使用人」のミスに罵詈雑言を浴びせるのは政治家だけではありません。
 それにしても、医療についてなにかを語るときには、「患者さんと向き合う時間」「医師と患者とのより密接な関係」というような言葉を添えなければならない時代になっているのです。それは、この30年、患者さんたちが声を上げてきたことの成果です。その積み重ねはシステムに取り込まれ、解毒化され、すでに「お守り的使用」をされる言葉(≒タテマエの言葉)になってしまっているにしても、それでもここに「希望」の芽を見ていく姿勢を持ち続けたい。(2017.07)

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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