No.259 実用文十訓
コラム目次へ 2016年度前期のNHK朝の連続ドラマは、「暮しの手帖」を作った大橋鎭子さんをモチーフにしたものでした(ドラマ自体は、私には面白くなかった)が、その関連で花森安治さんの「実用文十訓」を知りました。
(1)やさしい言葉で書く。
(2)外来語を避ける。
(3)目に見えるように表現する。
(4)短く書く。
(5)余韻を残す。
(6)大事なことは繰り返す。
(7)頭でなく、心に訴える。
(8)説得しようとしない(理詰めで話をすすめない)。
(9)自己満足しない。
(10)一人のために書く。
この「書く」は「話す」にも通じます。ここにコミュニケーションのエッセンスが詰まっていると思いました。「説得の技術」として「ロゴス(言論)」「パトス(感情)」「エートス(人柄)」を挙げたアリストテレスと同じことを言っているようにも感じます(「エートス」には触れていませんが、このような態度を守ることがエートスを生み出すのでしょう)。「話の通じない困った患者だ」と思う医者も「わからんちんの医者だ」と思う患者も、この10訓を読み返してみると事態が少しは良くなるのではないでしょうか。
言葉を尽くしても、自分の思いが相手に伝わらないことは少なくありません。「相手が悪い」としか思えないことは少なくないのですが、それでも、自分の思いが伝わらないときや自分の言葉で相手が変わってくれないとき、その原因を自分の「発信」の仕方の至らなさに求め続ける姿勢があると思います1)。そのような姿勢を崩さないことで生まれてくるものもあるはずです。
ただ、人がそれぞれ大切に思うものは違いますし、人の心は簡単に動くものではありません。相手が、こちらの言葉を受けとめる態勢になるまでは、受け止めてもらえません。「そんなものさ」と居直って、でもいつかどこかで届くこともあるかもしれないからと語り続ける「気軽さ」を同時に持ち合わせることも欠かせないと思います。
上で「言葉を尽くしても」と書きましたが、(4)や(5)を見ると言葉を尽くそうとするから伝わらないのだと花森さんが言っているような気もしました。言葉では表現しきれないものが必ず残り、そこを一緒に感じてくれない人の話は聞けませんし、聞く人の思いの入る隙間がない話には耳を傾けることができません。 (2016.11)
1) 「欠点」の指摘は「あげつらい」になりやすい。そして、人の「欠点」をあげつらいだした瞬間に私たちはその人の「長所」を見失う。