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No.357 雑用

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 研修医採用試験の面接で、しばしば「大学病院は雑用が多い」という言葉を聞きました。少し気の利く学生だと「雑用にも意味があるとは思いますが」などという言葉をつなげます。
 「雑用なんていう仕事はないんだよ」「雑用からしか学べないことがあるんだよ」などといささか陳腐なことは言いませんでしたが、「雑用」と言われる仕事をすることが好きだった私はちょっと寂しい気もしていました。学生たちは、こんな文章に出会う機会はないのでしょう。
 「大きな介護制度―病院、精神病院、老人ホーム-の中では、最も辛い仕事、汚れる仕事、最も直接的なサービスと監督は最も下位の従業員に委ねられている。医者と看護婦は社会的階層制の中で地位を守り、そうした仕事は助手、雑役夫、付添人に移す。こうした人たちが、緊急の場合、愛する人々のために私たちがどうしてもできないことを代わって絶えずしている 1)。」
 「おそらく、助手、雑役夫、付添人は患者から、あるいは患者の家族から感謝されるであろう。・・・・しかし、感謝は多くの場合、単に病人を介護する者よりも医者、看護婦、治す人のほうの報酬であり、そちらのほうに目がいく。」
 「雑役夫と付添人は、制度の中では上司はたまにしか看ない、また一般の人はぜんぜん看ない、あるいは看たがらない、そのような状態に長時間にわたって対処する。時には世間によって諦められた人々の世話をする(世間はあきらめると目をそらす)。低賃金、過労、地位の低さにもかかわらず、彼らは人間を慰める最後の人である。もっとも、彼らがこの仕事への使命感を持っていない場合は、受けるのと同じくらい少しの慰めしか与えられないであろうが。」(M.ウォルツァー『正義の領分』山口晃訳 而立書房1999)
 たとえ学生のうちにこの文章に出会っていたとしても、こうした人たちのことは、現場で自ら「雑用」をしなければ視野の中には入ってこないでしょう。

 新しい首相が、外国訪問の最初の国としてベトナムに赴きました。50年前、医科歯科大学べ平連を立ち上げてベトナム反戦運動に関わった身としては複雑な思いがします 2)。あの戦争の時、当時の自民党政権は、北爆を含めてアメリカの政策を支持し、アメリカ軍に基地を提供し、日本からの米軍機の出撃・野戦病院の存在・空母の寄港を許し続けました。エスぺランチストの由比忠之進さんが、日本の戦争加担に抗議して焼身自殺をしたのは1967年11月11日のことでした(翌12日に逝去)。日本はこうした過去について、ベトナムの人たちに謝罪しているのでしょうか。その後の経済支援だけでは贖罪にはなりません。観光に行く人も多くなりました。技能実習生などで日本に来る人も多くなりました(今、つらい生活を強いられている技能実習生も少なくありません 3))。でも、時の流れ・状況の変化だけで忘れてしまってよいことばかりではありませんし、こちらが勝手に「水に流して」しまって良いわけでもありません。「見えない」からと言って「雑用」と切り捨ててよいわけではないことも、似ています。(2020.11)

1) こうしたことを、身をもって私に教えてくれた(子供たちとつきあってくれた)、45年前の医科歯科大学の警備員、40年前の武蔵野日赤の清掃職員の「おばさん」に、私は心から感謝しています。

2) 「新宿駅地下広場のフォークゲリラの集会にいたときのことだった。ごったがえす群衆の中で、邪魔だ、だらしがない、といった小さなつぶやきを残し、大都会ヒッピー風の学生たちを白目で見ながら足早に立ち去る人びとがいつも必ずあった。かれらには一定のタイプがあった。それはたいてい、農村から出て来て、その勤勉努力だけを頼りにこの大都会で働いている三十代の職工さんといった人たちだった」と鶴見良行さんが書いていたそうです(『べ平連とその時代 身ぶりとしての政治』平井一臣 有志舎2020)。私は何度もこのフォーク集会に参加しましたが、そうした人たちの姿は目に入っていませんでした。今の首相※の気持ちには、この人たちと通じるものが、いくばくかはあるのかもしれません(※大学生の時「デモを見に行ったところ、捕まってしまった」そうですが)。「学者」や「医者」に対しても同じような気持ちを抱く人が少なからずいるのかもしれません。医者は、「見えない」人を見ることは得意ではありませんし、「仲間」としてみることはもっと得意ではありません。

3) 技能実習生や外国人労働者、「留学生」(とりわけベトナムからの)が置かれている現状は、『正義の領分』の中でウォルツァーが欧米の外国人労働者の状況について書いていること※とぴったり符合しています。こうした現状は、間違いなく日本の評価を低めることになっています。海外メディアからは「現代版の奴隷制度」とも批判を受けています。
 「外国人技能実習生は41万人いるが、9455の事業所の内、71.9%の6796の事業所で労働基準法などの違反。安全管理など違反が20.9%、残業代の未払いが16.3%、1か月の残業時間が100時間以上、最低賃金を大幅に下回る時給400円ほどで残業させられていたケースも」(厚労省調査、情報速報ドットコム) 
 「彼らは『受け入れ先から暴力を受けた』『実習先の企業から退職するよう迫られた』と訴えて、私たちに助けを求めに来ています。新型コロナウイルスの感染が続く中で、そうしたベトナム人が後を絶たないんです」(NPO法人 日越ともいき支援会 代表 吉水慈豊さん NHK Web特集10.22) 最近耳目にすることが多くなったベトナム人の犯罪には、こうした背景があるのだと思います。このような雰囲気の中では、今もし大地震がくれば関東大震災の時のような「虐殺」(に近い対応)が起きないとも限らないのです(参考:藤野裕子『民衆暴力』中公新書2020)。このNPO法人が行っていることは市民レベルの「外交」であり、その積み重ねこそが「悲惨な事態」への防壁を作りつつあると思います。
※ウォルツァーは次のようにまとめています。
・体力を消耗させ、危険で、品位を下げる仕事を・・・・それらの仕事をそれほど嫌悪しない、より貧しい国々の労働者たちの手の届くところに置くようにする・・・。
・彼らの入国を定める法案は彼らに市民権の保護を禁じるよう構想される。
・彼らは特定の使用者と契約して、一定期間入国する。仕事を失うと出ていかなければならない。
・教育からは切り離されている。彼らは、その地区の福祉サービスの重きを置かれない下水溝の役割を果たしている。
・市民でも、潜在的市民でもない彼らは、いかなる政治的権利もない。
・景気後退のときには、外国人の多くが強制退去させられる。
・通常の社会的、性的、文化的活動を剥奪されている。…お金が、受け入れ国による客(外国人)への唯一の見返りである。
・外国人労働者は旅行者が持つ以上の権利は持たない。・・・・しかし、…外国人労働者は・・・なによりも労働者なのである。
・国外追放は常に存在する現実的な脅威である。
・もしも地位を改善することができれば、かれらは国内労働者のようにやがてなり、つらくかつ品位を下げる仕事を引き受けたり、低賃金を認めなくなるであろうから。
 そのうえで、ウォルツアーはこう言います。
何らかの仕方で彼らは当然、市民権あるいは潜在的な市民権の保護を享受すべきである。
政治的正義は、特定の個人あるいは変化しつつある諸個人の階級が、永久に外国人身分であることを禁じる。


日下 隼人

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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