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No.426 自己肯定感

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 武蔵野赤十字病院の新入職員研修(3日間)の2日目には、例年、院外講師による研修が行われています。そこでは、コミュニケーションや接遇についても演習が行われるのですが、研修を通してセルフ・エスティーム(self-esteem、自尊心、自己肯定感)を持つことの大切さが強調されます。
 参加者の研修終了後の感想を読むと、例年「セルフ・エスティームが心に残った」「セルフ・エスティームをしっかり持っていこうと思う」といった感想がたくさん書かれています。書いているのは、圧倒的に看護師です。新入職員の大半は看護師ですから、こうした感想が目立つことになるとも言えます。
 研修医にも参加してもらっていますが、感想でセルフ・エスティームに触れる人はあまりいません。かつて、この研修を見学した院長(私と同世代)が「あまり意味のない研修ではないか」と言ったことがあります。院長のように自己肯定感がすでに満たされている人にとっては、ピンとこなかったのではないかと思いました(そのように反論しました)。

 セルフ・エスティームという言葉がたくさんの看護師の心に残るということは、それだけ、看護教育や実習で見聞きする看護の現場で自己肯定感が損なわれてきているのではないかと思います。現場で見聞きする医者の言動、現場の看護師の「指導」、そして看護教員の「指導」。医療現場/教育現場には、いかにも自己肯定感が損なわれそうな場面が溢れています。
 チーム医療が喧伝されますが、すでに自己肯定感がそれなりに満たされている医者と、「脆弱な」自己肯定感を満たすために仕事を頑張っている医療者/介護・福祉職の人たちとの間には決して小さくはない溝があると思います。その溝を放置しておいてチームの形成が可能になるものではないと思います。

 「自己肯定感」について、柴崎友香さんは「本人の自由意志の結果の責任だけではなくて、いろいろな原因があるのではないかと考えるために、使われた言葉だったと思う。それがいつの間にか、「自己肯定感が低い」からよくない、「自己肯定感が高い」からよい、成功するためには「自己肯定感を高めよう」などと、コントロール可能な、つまりは本来の使われ方とは逆方向の、「自分次第」のもの、もしくは「スペック」みたいにだんだんなっていった」と指摘しています。(『あらゆることは今起こる』医学書院2024)
 看護師に「自己肯定感を高める」研修を行うことよりも、看護師や医療スタッフの自己肯定感を「下げる」言動をしないように医者を教育することのほうがずっと重要なのだと思います(が、なかなか良い「方法」が見つかりません)。それができなければ、患者の自己肯定感を下げるような医者の言動を減らすことも難しいと思います(指導医養成講習会には、そのような意義もあると思っています)。

 医療の現場では、弱い/傷ついた人に対しても(時には暗に、時にははっきりと)「自己肯定感を持つように」という意味の「指導」「援助」がされますが、自己肯定感に満たされていそうな人間の言うことは届きにくいだろうということも、忘れないようにしたい。(2024.10)


日下 隼人

コミュニケーションのススメ 日下 隼人 コラム

● 本コラムの内容は、著者 日下 隼人の個人的な意見であり、マイインフォームド・コンセントの法人としての考え、および活動に参加しておられる模擬患者さんたちのお考えとは関係ありません。

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